東京地方裁判所 昭和40年(合わ)214号 判決 1966年1月19日
主文
被告人を懲役一年に処する。
未決勾留日数中二〇日を右本刑に算入する。
但し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、東京都品川区の森村女学院高等学校、杉野ドレス・メーカー女学院師範科を卒業し、銀座のクラブにホステスとして働くなどしたのち、昭和三四年一〇月頃都内新宿区歌舞伎町にバー「ベール」を開業したが、この頃より、極東組幹部○○○○の舎弟分○○○○と知り合うようになり、同棲したうえ、同三七年春頃には正式に同人と結婚し、自らは洋裁などをして働いていたところ、同三九年四月右○○○○が刑務所に服役することとなったため、そののちは化粧品のセールスなどをし、更に同年一〇月頃より、○○が経営していた新宿区三光町四九番地所在バー「幸」をバー「信」と改称したうえ、その経営に当っていたものであるが、
第一、前記○○○○輩下の若い衆で、右バー「信」の二階通称○○事務所に出入りしていた新田清晴と共謀のうえ、昭和三九年一〇月一五日頃、東京都中野区道玄町三番地所在芸妓置屋「越後屋」こと中川裕子方において、同女に対し、○○事務所に出入りしていた売春婦○○○○(当時二二年)及び○○○○○(当時一九年)の両名を、右「越後屋」で芸妓名下に売春をもって接客する業務に就かせる目的であっ旋し、もって公衆衛生及び公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で職業の紹介をし、
第二、同年一一月三日午前二時頃、同都新宿区花園町所在おにぎり屋「宿毛」二階座敷において、前記売春婦○○○○に対し、遊び客○○○○を売春の相手方として紹介し、もって売春の周旋をし
たものである。
(証拠の標目)≪省略≫
(検察官の主張に対する判断)
検察官は、本件公訴事実中第二の被告人の売春防止法違反の点について、主たる訴因として、被告人は、○○○○、○○○○、○○○○○、○○○○らと共謀のうえ、昭和三九年一〇月初旬頃より同年一二月下旬頃までの間、東京都新宿区三光町四九番地バー「信」の二階に、○○○○、○○○○○、○○○○及び○○○○○らを毎夜午後一一時頃より午前五時頃まで居住待機させ、同女らに対し、その間九一回位に亘り同都新宿区西大久保一丁目四二七番地「東京ホテル」ほか一五個所において、不特定の遊び客○○○○ほか九〇名位を相手方として、同人らから対価合計五六六、〇〇〇円位を得て売春させ、もって同女らを被告人の占有する場所に居住させ、これに売春をさせることを業としたものであって、その所為は売春防止法第一二条、刑法第六〇条に該当する旨主張する。
よって、検討してみると、本件で取調べた各証拠によれば、○○○○、○○○○は極東組幹部○○○○輩下の若い衆、○○○○○は○○○○輩下の○○○○の内妻、○○○○は○○○○○の実弟であって、昭和三九年四月○○○○が刑務所に服役したのちはいずれも(但し、○○○○は同年一〇月頃から)○○の兄貴分○○○○の輩下にあったもの、また、○○○○、○○○○○、○○○○及び○○○○○らはいずれも○○○○ら○○○○輩下の若い衆などの情婦であって、自己の情夫など○○○○輩下の若い衆を客引きとして新宿界隈で売春をしていたもの(但し、○○○○○が売春をするようになったのは昭和三九年一〇月初旬頃から)であること、これら若い衆及び売春婦達は、かねて新宿区三光町四九番地所在の、○○○○が経営していたバー「幸」(昭和三九年一〇月頃バー「信」と改称)の二階通称○○事務所に出入りしていたところ、警察官憲の取締を避けるため、同年八月ないし九月頃から右○○事務所を売春婦らの待機場所として利用するようになったこと、即ち売春婦が街頭、喫茶店などに待機して売春をする場合には、警察の取締をうけやすいため、これを避け、○○○○ら売春婦はほとんど毎夜午後一一時頃から右○○事務所に集り、食事をとるなどして翌日午前五時頃まで(時には同所あるいは右建物三階の部屋に宿泊することもあった)同所に待機し、客引きの若い衆からの連絡によって外出し、その紹介する不特定の客を相手方とし、付近の旅館などで売春するようになったこと、被告人は夫○○○○が昭和三九年四月服役したのち、同人の指示に従い、あるいは、その輩下の者の依頼に応じて、○○輩下の若い衆やその情婦である売春婦などを自己の居住するアパートに宿泊を許し、あるいは、食事や小遣銭を与えるなどして世話をしていたが、これまで若い衆からおでん屋台などによる収入として持参されていたいわゆるあがり金がほとんど持参されなくなったので、生活のため自ら洋裁や化粧品のセールスをして働き、昭和三九年一〇月頃からは自己が賃借名義人となっている前記バー「幸」をバー「信」と改称したうえ、これを経営するに至ったこと、被告人は同年九月頃には、右バー「信」の二階通称○○事務所が売春婦らの待機する場所としても使用されていることを知ったが、これを黙認していたこと、ところが、同年一一月頃から被告人がたまたま知り合った○○○○と親しくなったため、被告人と○○ら若い衆及びその情婦の売春婦らとは感情的に対立することとなり、そのため、昭和四〇年一月頃から若い衆及び売春婦らは、○○事務所に出入りしなくなったこと、この間、昭和三九年一〇月初旬頃から同年一二月下旬頃までに、○○○○らの売春婦が行った売春の回数、相手方の人数、対価などはほぼ検察官主張のとおりであることが、それぞれ認められる。従って、右売春婦○○○○らは、昭和三九年八月ないし九月頃から同年一二月下旬頃までの間、被告人の占有するバー「信」の二階通称○○事務所に居住待機したうえ、客引きの紹介により付近の旅館などで売春を行っていたものであり、被告人も同年九月頃からは右のような○○事務所の利用状態を知りながらこれを黙認していたことが明らかである。
しかしながら、被告人が売春防止法第一二条にいう「人を自己の占有し、若しくは管理する場所に居住させ、これに売春させることを業とした者」に該当するためには、売春婦が自由意思で被告人または共犯者とされる○○○○らの占有若しくは管理する場所に居住待機し、売春をする場合に、被告人がその情を知っていたというのみでは足らないのであって、被告人またはその共犯者とされている者と売春婦らの居住、売春行為との間に、居住場所の指示、売春行為に対する強制、勧誘、援助、売春の対価の取得、分配、前借金の交付、制裁措置などによって、場所的、物理的、心理的、経済的など直接、間接の支配介入関係が存在することが必要であると解せられるから、更に、この点を審究してみることとする。
本件で取調べた各証拠を検討すると、被告人及びその共犯者とされる○○○○ら若い衆と売春婦らの居住、売春行為との間に、前記の支配介入関係が存在したことを認めるに足りる証拠は、極めて不充分である。却って、
(イ) ○○○○ら各売春婦は、前記のように、いずれも○○事務所に出入りする極東組等の若い衆の情婦であり、自己と情夫との生活のための収入を得る最も安易な方法として、情夫を客引きとし、自らは自発的に売春を行うようになったものと認められ、同女らが売春をする契機において、被告人あるいは○○○○ら若い衆側から同女らに対し特別の指示、強要がなされた事実は認められない。従って、売春婦と客引きをする若い衆とは相互利用の関係にあったものと考えられ、若い衆側が、いわゆる「ひも」となって、売春婦を一方的に支配、利用するという関係にあったとは認められない。
(ロ) 売春婦らが○○事務所を待機場所として利用するに至った動機は、前記のように警察官憲の取締を避ける点にあったにすぎず、しかも、それは客引きの若い衆と売春婦らとの自然発生的な行為が慣行化したものであって、被告人や○○ら若い衆の特別な指示によるものとは認められない。
(ハ) 売春婦らがその情夫と共にどこに宿泊するか、売春のため夜○○事務所に行くかどうか、山沢事務所に何時から何時まで待機するかなどについては、いずれも個々の売春婦あるいは売春婦とその情夫の自由であって、この点につき売春婦の意思を拘束するような特別の定めはなく、また、金銭などによりこれを間接的に拘束することもなかったと認められる(もっとも証拠上、若い衆らが売春婦に対し、逃げないことなどの注意を与えていたことが認められるのであるが、この点については関係人の、遊び客から対価をうけとったあとで売春婦が逃げるようなことがあると、客引きが迷惑するからである、との弁解にも理由がない訳ではなく、少くとも特別の制裁措置などの存在が認められない以上、かかる注意が売春婦に対し特に拘束力をもっていたものとは考えられない。)。
(ニ) 売春の対価を遊び客からうけとり、これを管理、配分する方法については、個々の客引きと売春婦あるいはその情夫との間の話し合いによって自由に定められていて、この点についても、被告人や若い衆の組織的な介入があったとは認められない。
これら(イ)ないし(ニ)の諸事情を総合すると、被告人が極東組幹部○○○○の妻であり、○○○○らが同組幹部○○○○輩下の若い衆であることは検察官主張のとおりであるとしても、本件において、被告人及び○○らが極東組の組織を背景として、売春婦に影響を与え、その売春行為に支配介入したとの事実は、証拠上これを認めることが困難であるというべきである。
もっとも、本件で取り調べた各証拠によれば、昭和三九年一〇月中旬頃から同年一二月下旬頃までの間、○○事務所に出入りする若い衆及び売春婦らが、一日一人五〇〇円(但し、同年一二月頃には一月一人一〇、〇〇〇円)の割合で、被告人に対し金員を支払っていたこと、これは被告人の生活が経済的に苦しいことを理由として、被告人と○○○○らの話し合いにより定められ、のちに他の若い衆及び売春婦らに伝えられ、その了解をえたもので、○○○○及び○○○○○がその徴収の任に当っていたこと、右金額は売春婦及び客引きの通常の収入の一ないし二割に当るものであったこと、前記のように、○○らと被告人との間に感情的対立が生じたため、昭和四〇年一月頃から右金員の被告人への納入はとりやめられたことなどの事実が認められるから、被告人は、かかる金員の徴収を通じて○○○○ら売春婦の売春行為に介入していたことになるのではないかとの疑いがない訳ではない。しかし、また、前記証拠によれば、被告人に対し、かかる金員が納入された原因としては、被告人が極東組幹部○○○○の妻であること、被告人のバー「信」からの収入のみでは○○事務所の維持が困難となっていたこと、被告人が若い衆及び売春婦の一部に対し、自己のアパートの使用を許し、食事を与えるなど、世話をしていたことなどの諸事情が混在していたと考えられるのであって、右金員は、売春あるいは客引きをしていない場合にも徴収されていたうえ、右徴収の行われるようになったのは昭和三九年一〇月中旬以降であって、○○○子ら売春婦が山沢事務所を利用して売春をするようになった時期より相当おくれている事実が認められるのであるから、この事実と前記(イ)ないし(ニ)の事情とを合せ考えると、被告人が○○らとの話し合いにより売春婦らを含む山沢事務所に出入りする人達から前記金員を徴収したとしても、そのことが、売春婦らに特別の影響を与え、従前から行われていた売春の形態、性格を変容させたものとまで認めることはできないのである。
また、前記証拠によれば、被告人が売春婦に対し、警察につかまらないようにせよとの注意を与えたこと、あるいは判示第二のように自ら売春婦に遊び客を紹介したことが認められるが、これらの事実も、検察官主張の事実を認めるには不充分というべきである。そのほか、捜査段階において作成された関係人の供述調書中には、被告人が売春婦らを監督したとか売春婦に売春をさせたとかの文言の記載されたものが存在するが、いずれも抽象的で、これらを裏付ける具体的事実の記載がなく、前記の結論を左右するに足るものとはいえない。
結局、被告人が○○○○らと共謀のうえ、○○○子ら売春婦を山沢事務所に居住させ、同女らに売春させることを業としたとの点を認めるに足る証拠は充分ではないこととなるから、被告人については主たる訴因たる右売春防止法第一二条違反の罪は成立しないのである。そこで、更に、予備的訴因について審理し、判示のように認定した次第である。
(確定判決)≪省略≫
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為は職業安定法第六三条第二号、刑法第六〇条に、判示第二の所為は売春防止法第六条第一項、罰金等臨時措置法第二条第一項に、それぞれ該当するところ、情状により各所定刑中いずれも懲役刑を選択することとし、この二つの罪と前記確定裁判をへた罪とは刑法第四五条後段の併合罪の関係にあるので、同法第五〇条により、まだ裁判をへていない判示二つの罪につき更に処断することとし、これらは同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により重い判示第一の罪の刑につき同法第四七条但書の制限内で法定の加重をし、その範囲内で、被告人を懲役一年に処し、同法第二一条を適用して、未決勾留日数中二〇日を右本刑に算入し、同法第二五条第一項により、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については、それが前記の如く、犯罪の証明のないこととなった主たる訴因たる売春防止法第一二条違反被告事件を審理するためにのみ生じたものであるから、刑事訴訟法第一八一条第一項本文の趣旨により、これを被告人に負担させないこととする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 真野英一 裁判官 太田浩 堀内信明)